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この世界を、生きるということ。レビュー:映画『潜水服は蝶の夢を見る』。

投稿日 2008/11/18閲覧数 7,226 viewsコメント数 No Comment add to hatena (3) add to del.icio.us (0) add to livedoor.clip (0) add to Yahoo!Bookmark (0)
生きるということ。レビュー:映画『潜水服は蝶の夢を見る』。

あなたは、生きていますか。

生きているとは、どういうことですか。
身体があり、精神がある。それが、生きているということだろうか。身体と精神と、どちらも生を体現する存在だ。その片方を失った時、人は生きていると言い得るだろうか。

病院のベッドで目を開けたジャン=ドーは、自分が何週間も昏睡状態だった事を知る。そして身体がまったく動かず、唯一動かすことができるのは左目だけだという事も。ジャン=ドーは雑誌「ELLE」の編集者で、三人の子どもの父親だった。彼は言語療法士の導きにより、目のまばたきによって意思を伝える事を学ぶ。やがて彼はそのまばたきで自伝を書き始めた。その時、彼の記憶と想像力は、動かない体から蝶のように飛び立った…。

精神を失った状態が植物状態なら、逆に身体を完全に失った状態。「ロックトイン・シンドローム」。身体に精神を閉じ込められた状態。それが、この物語の主人公、ジャン=ドミニック・ボービーの症状だ。

元『ELLE』の編集長。華々しいイメージとの落差もさることながら、この物語は、左の瞼以外、指一本たりとも動かせないボビー本人が、20万回の瞬きで綴った自署を元にしていることに、衝撃を受ける。

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「ぼくは生きている。話せず、身体は動かないが、確実に生きている。」

ジャン=ドーは、確かに生きていた。

心を失わない限り、人は生きていける。
世界の果てまで旅をすることもできるし、美食に舌鼓を打つこともできる。美女との享楽を愉しむこともできる。想像力は、無限だ。身体は動かなくても、スカートの翻りや、伸びやかな四肢に、心を惹きつけられる。瞬きで、ジョークを飛ばすことだってできる。人間性は、死なない。

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洒落ていて、ウィットに富み、教養深く、女たらしで、皮肉屋で、時に戯曲に想いを馳せ、何よりも子供を愛する、そんなジャン=ドーの姿を淡々と描く。変に強調したり、ドラマティックにすることもなく、仕事人であり、父親であり、夫であり、男であり、息子でもある、一人の人間の、まさに生きる姿を、誠実に見つめ、描き出している。

小説も購入して読んでみたが、映画を観た印象と、書籍を読んだ印象と、寸分違わないことに感銘を受けた。映画の出来の良さを表している。

驚くべきことは、ジャン=ドーが倒れ、その後、左目の瞬きだけで書籍を綴り、急逝するまでの期間だ。倒れたのが、1995年12月8日、43歳の時。フランスで本が出版されたのが、1997年3月7日。急逝したのが、それからわずか 2日後の1997年3月9日。わずか1年あまりの間に、ジャン=ドーは自身の状態を受け入れ、新しいコミュニケーション手段を身につけ、自身と(あるいは世界と)向き合いながら、一冊の本を書き上げたのだ。その精神力に感服する。

この物語には、ジャン=ドーの人生の輝きが、確かに刻み込まれている。

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サントラには、ルー・リードなど、数々の名曲が使われているが、最も心に残るのは、以下の 2曲だろう。

“Don’t Kiss Me Goodbye”のフレーズが印象的な、テーマ曲。
(唄っているのは、妻役で出演している、エマニュエル・セニエ。)

Ultra Orange & Emmanuelle - Ultra Orange & Emmanuelle - Don't Kiss Me GoodbyeDon’t Kiss Me Goodbye – Ultra Orange & Emmanuelle

もう 1曲。氷河が崩れ落ちるシーンなどで使われている、物哀しいバッハのピアノ曲。

Philharmonic Symphony Orchestra - ザ・ベスト・オブ・バッハ - ピアノ協奏曲第5番 ヘ短調 BWV.1056 - Largoピアノ協奏曲第5番 ヘ短調 BWV.1056 – Largo – バッハ

是非、彼の生きる姿を観てみて欲しい。

あなたは、生きていますか。

映画『潜水服は蝶の夢を見る』 オフィシャルサイト

映画『潜水服は蝶の夢を見る』 DVD

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